フォトエッセイ

時々、あえて遠回りをしてみる。釜山と福岡を結ぶ「クイーンビートル」の3時間半。【─Shining Moments:32 ─】

約3時間40分。どこまでも続く波をぼうっと眺めながら、私は時間を「見る」ような感覚を覚えていた。時間を「使う」ものではなく、ただそこに「在る」ものだと認識するようなこの感覚は、いつぶりだろう?

……それは先日、高速船「クイーンビートル(QUEEN BEETLE)」に乗ったときのこと。

出来事と呼ぶには些細なことかもしれないが、このとき感じたことを文字と写真で振り返ってみたい。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

愛知から福岡まで、どう行く?

きっかけは、夫の仕事だった。福岡で行われるアートフェアに夫(画家)が出展するというので、私も行くことに。ただ直行するのも味気ないなと、旅好きな私は夫の仕事にかこつけて、韓国経由で福岡入りすることにしたのだった。夫とは現地集合。「どうぞご自由に」と、それは本心か嫌味か、いずれにせよいつも寛大な彼には心から感謝したい。

韓国経由で福岡へ向かうことにしたのは、単に韓国に行ってみたかったからではなく、釜山と福岡を結ぶ船に乗ってみたかったからだ。本州に住む私にとって、こんな機会がないときっと一生使わないであろう交通手段、高速船「クイーンビートル」。私はこの航路をメインに、飛行機でソウル、列車で釜山、そして船で福岡へ向かうという旅程を組んだ。

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KTXでソウルから釜山へ

少し観光を楽しんだあと、KTXという新幹線のような列車でソウルから釜山へ。現地の人々が足早に通り過ぎるソウル駅は、朝の活気が感じられて心地よかった。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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釜山までおよそ2時間半。お弁当を食べて(駅でキンパを買った)車窓を眺め、少しうたた寝しているとあっという間だ。釜山では2時間だけ滞在して、私は港へ向かった。

釜山港国際旅客ターミナルは、空港よりもだいぶ静かな場所だ。この日は「クイーンビートル」のチェックインカウンターしか開いておらず、広いフロアの一角に沢山の人が集まる様子は現実離れしたような不思議な雰囲気だった。早朝の空港に少し似ている。

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搭乗待機フロアには、さらに沢山の人が。あとで調べてみたところ「クイーンビートル」の定員は502名らしい。飛行機のワイドボディ機が大体200名〜500名程度だということを考えると、その大きさをイメージしていただけると思う。

ゲートが開き、船乗り場まで少し歩くと「クイーンビートル」の赤い船体が見える。この美しい高速船に、皆大きな荷物を持って乗船するのが印象的だった。飛行機のように預け入れ荷物がないのだ。乗船を待つ間も海風が気持ちよく、私は体験したことのない移動手段にワクワクしていた。

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「移動そのものを楽しむ旅へ」

定員502名の船内は、ほとんど満員だった。ホールのような広い空間にシートがずらっと並べられている様子は、なんだか異世界感がある。飛行機のように閉塞感はなく、ホテルのラウンジのように落ち着いた雰囲気。またキッズルームもあるなど、子連れ旅がしやすい工夫もされているようだった。

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私が事前に公式サイトで予約していたのは、スタンダードクラスの窓側の席。ぷかぷかと浮かんでいた船が出航すると、すぐに速度を増し、向こうの景色がぐんぐん変わっていく。飛行機とまた違った面白さがあるなと思った。そして飛行機と違いシートベルトも必要ないので、自由に歩き回れることも嬉しい。船内には免税店や、キオスクが。またデッキで海風にあたることもでき、多くの人が集まっていた。

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「クイーンビートル」のコンセプトは「移動そのものを楽しむ旅へ」だという。移動を楽しんでもらう工夫がいたるところにある船内は、見て回って飽きることがなかった。

ただ一つ後悔していることがある。それは、出発前に配られる酔い止めをその場で飲んでおかなかったことだ。

その日高波だったこともあってか、私は船内を回っているうちに気分が悪くなってしまった。悪天候のため座席につくようにとのアナウンスもあり、カフェカウンターで酔い止めをもらったあとは(出発時にもらいそびれても、いつでも無料でもらえる)席でぐったり。これは想像していなかったアクシデントだったけれど、私は窓の向こうを見ながら、じっとこの旅を振り返っていた。

遠回りの道中に見る景色

ほとんど移動しているような旅だったな、と、ひどい船酔いの中で私は振り返った。けれども私はたぶん、移動がしたかったのだ。そういう点ではもはや寄り道でもなく、遠回りと呼ぶのだろうか。

Googleマップをひらけばすぐに最短距離という正解をもらえるような今、あえて遠回りをしてみる。そこでどのようなものに出会えるのかが楽しみだった。

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徐々に濃い色に変わる景色の中で、絶え間なくやってくる波を眺めながら、私は時間の流れを感じていた。それはきっと、時間を「見る」という感覚に近い。そしてその感覚こそ、私が今回の旅で求めていた出会いなのかもしれないと思った。時間を「使う」だけではなく、「見る」。流れの中に身を置いて、共にたゆたうような感覚。タイパだなんだと言っている現代人にとって、その感覚って意識しないと失われてしまうものかもしれない。

当分船はいいけど、いつかまた、こんな旅をしたい。いや、遠出せずとも、毎日に少しの寄り道を加えてみるといいかもしれない。目的地まで、たまには直線でなく、曲線を描いて。初めての「クイーンビートル」は私にそんな感覚を教えてくれた。移動を楽しもう、寄り道を、遠回りを楽しもう。目的だけでなくその過程に、これからはもっと、何かを見出せる気がする。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

福岡に着いた頃には夜で、博多ポートタワーのライトアップが綺麗だった。その足で空港まで夫を迎えに行き、さっきまでの船酔いが嘘だったようにけろっとして、ラーメンを食べに出かけた。