フォトエッセイ

マイぐい呑みに浮かぶ秋の夜長【─Shining Moments:19 ─】

一番好きなのは一人で飲みに行くことで、二番目はサシ飲み。もちろん飲み会もいいけど、大勢いるなら別にお酒を飲まなくてもいい。私はよくそんなことを人に話しては、「変なの」と言われたりする。

でも、それって本当に変だろうか。私はやっぱり沁みていくようなお酒が飲みたいし、それが似合う時間を過ごしたい。だからどうしたってやっぱり、一人で飲みに行くことが一番好きなのだ。

お酒が注がれた酒器を手にとり、そこに浮かぶゆらめきを楽しむ。
普段おしゃべりな私でもその時間は静かなものだ。ぼうっと考え事をして、たまにお店の人や常連さんと会話して、そしてまたぼうっとする。

というわけで、隙を見つけては一人飲みを決行する私なのだが……。
あれは今年のはじめ頃だったろうか。その日私は美容院へ行く予定があったので、その前に軽く一杯やることにした。昼からやっている居酒屋で、日本酒をいただく。女将さんの一品料理もどれも美味しく、何ともしあわせな気分で私はふわふわ美容院へと向かった。

担当の美容師さん(ここではFさんと呼ぶ)に早速話す。Fさんもお酒が好きな人だから、一人飲みの素晴らしさについて共感してくれるに違いない。

「今日ここへ来る前、そこの居酒屋に寄ってきました。初めて行ったんだけど、すごく良いお店でしたよ」

ふわふわと楽しい気分が抜けきらない私にFさんはにこやかに応対してくれる。

「いや〜いいですねぇルーナさん。ところで、マイぐい呑みは持っていますか?」

…私はしばらくその意味を理解できなかった。ふわふわした言葉がやがて輪郭を帯び、「マイぐい呑み」というかたちを形成してからも、私の頭の中はハテナでいっぱいだ。え、マイぐい呑み???

話を進めると、Fさんはマイぐい呑みなるものを20個ほど所有しているらしい。使う予定がある日もない日も、日替わりローテーションで一つずつ持ち歩き、居酒屋に行けば店の酒器ではなくこのマイぐい呑みを使うのだそうだ。だから、Fさんの鞄にはいつもマイぐい飲みが潜んでいる。

その日のマイぐい飲みと、家に控えているマイぐい飲みたちの写真を見せてもらったが、年月をかけて集めた選りすぐりの酒器たちの雰囲気は圧巻だ。「僕は日本酒好きじゃないんだけど酒器が欲しているから頼むんです」というFさんの言葉に若干の恐ろしさと尊敬の念を抱きつつ、私は美容室を後にした。

Fさんがまるで天気の話をするようにマイぐい呑みの話をするので、私は自分の知らない大人の嗜みがあるのかと錯覚しかけたが、しかし周りの大人に聞いてもそのような人はいなかった。Fさん、やはり只者ではない。実は予てからこの美容師さんの教えてくれるものに影響を受けていた私は、今回も例に漏れず影響を受けた。

そのようにして、私の今年の目標は「マイぐい呑みをゲットすること」になったのだ。

酒器に関するFさんおすすめの本を読んだり、ネットショッピングを見て回ったりもした。価格の相場も知る。貴重だとされるものは、とても手が出る代物ではない。予算的に、瀬戸なら骨董、唐津なら作家ものがおすすめだということなども教えてもらう。

しかし、なかなか「これだ」というものには出会えない。
ほしいと思ったらすぐに手に入れないと気が済まない私の性格において、こんなことは初めてだ。
もしかしたら今年中は無理なのかも…そんなふうに諦めかけていたある日のことだった。

とあるセレクトショップ(生活雑貨などを扱う洒落た店だ)に足を運んだ時のこと。私は一つのぐい呑みを見つけた。地味で静かで歪だけれど、どこか惹かれる酒器だった。一目惚れだった。

キム・ホノさんという瀬戸に工房を構える作家もの。
その陶芸家を、実は私は以前から知っていた。やさしい作品をつくる方だ。彼の焼き物はいつも素朴で温かくて、人を笑顔にする。

店員さんに いくつか出してもらうが、私は最初に目にしたぐい呑みが気になってしょうがなかった。

手捻りだろうか。子供が粘土でつくったようなそのかたちは正直端正でははないが、独特のリズムを持っている。
くるくる回すと口造りが波打つ。どこから飲むかで味が変わりそうだ。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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それから、これはよく見て初めて気が付いたのだが、ところどころにまるで星のような青や赤の点々がある。土そのままを使っているからだろうか。特に私は高台近くの青い星を気に入った。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

「キムさんの器は生きているんです」と、店員さんが教えてくれた。
「染みて漏れるようなこともたまにあります。でも使い続ければ徐々に固まり、より丈夫に使えるようにもなります。使いやすさだけで言えばもっと優れた酒器もあるでしょうが、キムさんの器の魅力はそこじゃないんです」

生きた器。すっかり心が決まった私は、その酒器を購入した。
そのようにして、あれだけ悩んでいたマイファーストぐい呑みは あっさり私のもとへやって来た。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

言われた通りに目止めをし、使い始める。
家で眺めているだけでも心が躍る。

光の当たり具合で変化する、釉薬と素地の質感のコントラストが面白い。貫入(かんにゅう)はどうなっていくだろう。
もともと表情の豊かなぐい呑みだが、さらに育てていくのが楽しみだ。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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実はFさんにはまだ話していないのだけれど、そういう買い方もありだねって言ってくれるような気がしている。

手ぬぐいに包んで、鞄に忍ばせて。
気になっているあの一品料理屋に、早くお出かけしたい。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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さいごに。話は少し逸れるが、その美容院での会話が登場するエッセイがもう一つある。映画「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグにインスパイアされて書いたエッセイだ。

ジーンセバーグにみるエフォートレスな着こなし 【─Shining Moments:02 ─】

つい最近、ゴダールが亡くなった。私のように映画にどっぷりな人間でなくとも、一つの時代の終わりを感じるような出来事だった。どうか安らかにと願いつつ、この機会に映画を少しずつ観直してみようと思っている。

季節は秋。夜も長くなってきた。一品料理屋もいいけど、家で飲むのもいいな。ゆったりと映画を観ながら。その時は、夫とサシ飲みで。

マイぐい呑みにはきっと、素敵な秋の夜長が浮かぶだろう。
どこで飲むにしても、これがあれば、私の好きなあの沁みていくような時間を味わえる気が している。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ