午前中の仕事を終えて、新幹線に飛び乗る。行き先は浜松だ。
第12回浜松国際ピアノコンクール
第12回浜松国際ピアノコンクールを聴きに、私は浜松を訪れた。
浜松国際ピアノコンクールは、アクトシティ浜松で3年に1度開催されるピアノコンクール。3年に1度ではあるが前回はコロナウイルスの影響で中止となったので、今回は6年ぶりの開催となる。期待を胸に改札を出ると大きな看板が出迎えてくれて、町をあげてのお祭りであることを感じた。
恩田陸の小説とそれを原作とする映画「蜜蜂と遠雷」が浜松国際コンクールを舞台としていることもあり、その効果で前回からかなりチケットが取りづらくなっているらしい。私はなんとか一次審査のチケットを取ることができて、審査4日目と5日目の演奏を聴きに訪れたのだった。泊まりで聴くことになり、プチ旅行気分である。
しかしプチ旅行気分といえど、やはりコンクールとなると聴き手としても緊張する。私としても、コンテスタントの中に大学の同期がいたり、同世代で幼い頃から名前を知っているピアニストが出場していたりと、どこか(一方的に)他人事ではない感じで、少しの緊張を抱きつつ会場の扉を開いた。
浜松国際ピアノコンクールは、映画の効果のみならず、そのレベルの高さでも聴き手を惹きつけるコンクールだと思う。私は前々回の覇者チョ・ソンジンの大ファンであるが、彼がその後ショパンコンクールで優勝したことをきっかけに、若手ピアニストの登竜門としてすっかり有名になった。ちなみに誰でも出られるわけでなく、厳しい予備審査があり、一次審査に出場できるだけでも栄誉なこと。一次審査に出場した87名はすべて素晴らしいピアニストで、今後応援したい「推し」を見つけるという目的にもおすすめである。
私は審査4日目の途中から5日目の最後まで、25名のコンテスタントの演奏を生で聴くことができた。一次審査は練習曲を含む20分のプログラムという課題だが、個性の光る選曲が面白い。またピアニストによって持っている色がまったく違うことが(同じピアノなのに!)改めて面白く、座り疲れも気にすることなく演奏に没頭したのだった。
何かを追求する若者たち
浜松国際ピアノコンクールは、配信でも聴くことができる。私も3日目までは隙間時間に配信を流したりして楽しんでいたのだけど、日程的に生で聴くことが叶わなかった友人の配信だけは、演奏の素晴らしさを楽しむだけでなく、その背景を想像して泣いてしまった。
今回の浜松国際ピアノコンクールは前回が中止になったことを受け、年齢制限を3歳引き上げている。出場資格は「平成3年(1991 年)1月1日以降に出生した者」。最年少15歳から32歳まで、幅広い世代のピアニストが競う舞台だ。
私と同世代のピアニストになると、浜松国際ピアノコンクールに関しては(そして多くの国際コンクールが)最後のチャンスになる場合が少なくない。30歳前後のコンテスタントとなると、大学卒業後、あるいは高校卒業後から10年近く海外に単身留学して研鑽を積むピアニストがほとんどで、その途方もない努力と音楽へのひたむきな姿勢を思うと、なんて美しいのだろうと心動かさずにはいられないのだ。
ピアノや音楽に限らず、何かを追求する若者の美しさって、どうしてあんなにも尊いのだろう。自分を信じてやり続けることは、人にも勇気を与えてくれる、何物にも変えがたい素晴らしさがある。
友人の演奏に触れて感極まっていたとき、ふと、私はもう彼女のことが羨ましくはないのだなと気がついた。私もかつてピアニストを志し、今こうして浜松国際ピアノコンクールという素晴らしい舞台で演奏をする友人と同じ学舎で学んだわけだが、気がつけば別の立場で純粋に演奏を楽しめている自分がいる。
これは私自身、何かを追求する若者として、この10年近く一生懸命生きてきた証でもあるのかもしれないと、そんなふうに思った。私にはピアニスト一本でやっていく決意と才能はなかったけれど、自分ができることに向き合いつづけてきた。その時々では目の前は暗かったけれど、今、こんなにも世界は美しく見える。
「別の丘を登る」という話
以前知人が言っていたことが、心に残っている。その人は絵の道を志し、しかし30歳で筆を置いて別の仕事を始めた。画家の友人も多い中で彼が大切にしているのは、別の丘を登るという意識なのだそうだ。
「別の丘を登っても、同じ高さまで登れば、同じ目線で話ができる。画家になった友人とも変わらず付き合うために、いつも同じ高さにいたい」
私も彼女と別の丘を息を切らして登りつづけてきた。同じ高さで話をするために、これからも私は歩きつづけたい。
|これは大学生の頃の自分
思わず自分のルーツについて考える旅になったが、音楽に限らず何かを目指してきた人、また目指している人にとって、浜松国際ピアノコンクールを聴くということは有意義な選択肢だと思う。何かを追求する若者たちの美しさに触れることは、明日の活力になるだろう。
浜松国際ピアノコンクールは、2024年11月8日(金)から11月25日(月)までの18日間開催されている。公式YouTubeではライブ配信も。誰がこの厳しい戦いを勝ち抜くのかにはもちろん注目すべきだが、コンペという枠を超えた何かを受け取りたい。
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芸術大学卒のフリーランスライター。AJINOMOTO PARK 主催の投稿コンテスト、新しい働き方LAB主催の書きものコンテストなどで、エッセイ入賞。ピアノ講師でもあり、画家の妻としての一面も持つ。ここでは、暮らしのなかで見つけた 美しさ にまつわるエッセイをお届けします。