フォトエッセイ

30歳の私はストーリーのある買い物がしたい。VCAの指輪【─Shining Moments:36 ─】

昨年末、30歳の誕生日を迎えた。私の周りの30代が皆、自分の楽しませ方をちゃんと知っている素敵な大人たちので、私も早く30歳になりたかったのだが、なってみるとなんてことはない。いや、そんなことは当たり前なのだけど。昨日と今日が永遠にくっついているように、誕生日もまた毎日の続きにあって、私はぬるりと30歳になった。もうアンケートで20代の項目にマルをすることは一生ないのだと思うと、少し不思議な気持ちがする程度である。

とはいえ、30歳というのが節目であることに変わりはない。10歳の二分の一成人式、20歳の成人式と、私たちは生まれてからこれまで10年ごとに節目を迎えてきた。30歳というのも、人生を振り返る通過点の一つとして、少し特別に扱うべきだ。

10年前と違って自分でお金を稼ぐようになり、自分の楽しませ方を学び始めた私にとって、その、少し特別扱いをするための最も良い方法は、やはり買い物だった。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

良い買い物ってなんだろう

しかし30歳になると、欲しいものは大体すでに手に入れている。20代、服やインテリアに興味を持って、ちょっと背伸びした買い物もしたし、もちろん失敗も沢山した。だから、もうなんでもかんでも欲しいわけじゃない。本当に良い買い物だけ、していたい。

良い買い物ってなんだろう。それは単に素敵なものを買う、高価なものを買うということではなく、ストーリーのある買い物をすることだと私は思う。

振り返ったときに、それについて語ることができるもの。そんな出会いこそ私が今求めているものであり、30歳の節目にすべき買い物であるような気がした。

素敵な指輪を探して

いくつかの記事で触れてきたように、私は指輪が好きだ。いつも視界に入るので、お気に入りを身につけていたいし、決まった位置に決まった指輪があることは安心感ももたらしてくれる。

だから私は、30歳の記念に何か指輪を買おうと考えた。プラチナとかゴールドの素材で、ずっと長く身につけられそうなシンプルなもの。そうすると、指輪のカテゴリーは自ずとマリッジリングになってくる。それでもまあいいか、と、私は人差し指か中指につけるイメージで、マリッジリングから指輪を探すことにした。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

「Van Cleef & Arpels」のトゥージュール

いくつかの候補の中で私が試着に向かったのが「Van Cleef & Arpels」。アルハンブラのイメージが強かったのだが、シンプルで素敵なマリッジリングも多く展開している。

スタッフの方にデザインの希望を話すと、トゥージュールという4mmのマリッジリングを勧めてくれた。「お客様の薬指だと、7号くらいでしょうか?」

薬指?そうか、結婚指輪だと思われているのか。

実は、私の左手の薬指には指輪がない。結婚した時に結婚指輪を買わなかったからである。それは、仕事柄つけ外しするだろうし必要ないかもという考えや、約束事みたいで嫌だなと感じる私の頑固さ、それから、どうしてもつけたいと思えるデザインが見つからなきゃつけたくないという、無駄なこだわりが理由だった。

何度か考えたりもしたけれど、今更いいかと思い続けて、はや6年。思いがけない試着の機会に出会い、勧められるがまま空いている左手薬指にトゥージュールをつけてみると、今の自分にはむしろ、この場所に指輪があることがしっくりきた。そして、この指輪を、自分の30歳の記念として購入した。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

私たち夫婦と、自然

「Van Cleef & Arpels」での買い物は初めて。リボンやボックスが淡いグリーンである理由を尋ねると、スタッフさんはブランドのコンセプトを教えてくれた。ウェブサイトに載っている言葉を引用したい。

1906年に創業以来、ヴァン クリーフ&アーペルは、尽きることのないインスピレーションの源として「自然」に目を向けてきました。

全然知らなかったのだけど、「Van Cleef & Arpels」のインスピレーションの源は自然なのだそうだ。なるほど、確かにアルハンブラも、四つ葉のクローバーだ。

その話を聞いて私が思い出したのは、自然を慈しむ夫の姿だった。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

私は全く興味を持ってこなかったのだけど、夫は植物が好きで、家のお庭を一人手入れしている。静かに植物と向き合うその姿は、この6年間、私と我慢強く付き合い続けてくれる彼の姿にも重なった。

結婚したとき、夫はみかんと檸檬の木を、結婚記念樹として植えてくれた。私は一度も水をやったことがないが、夫が一人で育て続け、この冬、檸檬は沢山の実をつけた。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

沢山の檸檬が、甘酸っぱいジャムになる。味わいながら私は、夫婦の関係性もまた、彼が知らないところで育ててくれたのだろうなと思った。

結婚して6年、改めて、パートナーの存在に感謝する。きっかけを与えてくれた30歳のリングに私は、2023.11.3……昨年の西暦で結婚記念日を刻印した。今更結婚指輪を購入した面白さと、この6年間の歩みを、一つの節目として残しておこうと考えたのだ。あんなにいらないと思っていたのに、今頃になって買うなんて。けれどもこの気持ちの変化もまた、30歳を迎えて少しは成熟した私を表すものかもしれないから。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

人生は、あの頃と今、そしていつか、そのすべての点を結ぶ線だ。たゆたうように流れる時間の中で、喜怒哀楽はその地点のものでありながら、同時に全ての時間軸の自分に影響を及ぼすような気もする。弦の振動が伝わるのに似ている。今の選択が過去も未来も変えるような瞬間が、たまに訪れる。今回の買い物がそんなに大袈裟なものだったかは分からないけど、あの頃にとっても、これからにとっても、今このタイミングで買えてよかった指輪な気がしている。

トゥージュールは「いつも」という意味だそうだ。あれから毎日結婚指輪を身につけている私は、この指輪にまつわるストーリーを胸に、また新しいストーリーを書き始めるような気持ちで、30代を歩み始めている。