2020年秋、話題の映画「ミッドナイトスワン」(脚本・監督:内田英治、主演:草彅剛、2020年9月25日公開)。繊細で大胆な愛おしい物語にさまざまな感情が溢れ、観終わった後も非常に余韻の残る作品でした。
今回は「ミッドナイトスワン」の衣装と色彩──凪沙(草彅剛さん)の衣装と、特に印象的な3色について考察してみます。
映画「ミッドナイトスワン」とは?
トランスジェンダー・凪沙と少女・一果、孤独な二人の魂が出会う。
「ミッドナイトスワン」はトランスジェンダーとして身体と心の葛藤を抱える凪沙(草彅剛さん)と、育児放棄された少女・一果(新人の服部樹咲さん)が出会う物語。
最初は不協和音のような二人でしたが、一果がバレエという表現に魅かれていく中で、孤独に生きてきた凪沙も母性に目覚めていきます。
《「母になりたかった」人間が紡ぐ切なく衝撃のラブストーリー》…このラブは恋愛ではなくもっと大きな愛。二人を取り巻くさまざまな人間模様や感情、過酷な現実も描かれます。
草彅剛は、必死に生きる凪沙そのもの。衣装もまた人間を描く
映画の中に陰影深く息づく、この世界の片隅で生きる人間たち。
「ミッドナイトスワン」の登場人物はみんな本当にどこかにいそうな気がします。中でも草彅剛さんは凪沙を生きていて、切なく、儚く、凄まじい。どんな時も凪沙にしか見えません。
新宿で暮らし夜の世界で働く中年の凪沙のトレードマークはトレンチコートに煙草。
凪沙の衣装は、いかにもオネエ的な派手さや可愛さとは一線を画し、ノーブルでエレガントな「わたし」の静かな主張があります。
ミリタリーウェアの系譜であるトレンチコートをきっちり着込み、サングラスとヒールのブーツで街を歩く凪沙。自分の尊厳を必死で守り、孤独に戦っているようです。
白・赤・水色…「ミッドナイトスワン」の衣装と色彩
「ミッドナイトスワン」は社会的側面、バレエ、音楽などさまざまな視点で夜通し語れそうな映画ですが、ここでは衣装と色彩…特に印象深かった3色にフォーカスしてみましょう。
白
ミッドナイトスワン、真夜中の白鳥の「白」。映画は「白鳥の湖」の衣装を着た凪沙から始まります。
ニューハーフのお店で、洋子ママ(田口トモロヲさん)や仲間と、夜だけ人の姿に戻るオデットのように凪沙は生き抜いてきたのです。
白は純粋さ、憧れ、眩しい光の色。凪沙が引き取る羽目になった暗くぶっきらぼうな少女が、こっそり身に着ける白いチュチュ。少女・一果はバレエという世界に見果てぬ夢を求めていきます。
一果の踊る喜びと可能性に惹きつけられた凪沙が、白い白鳥の頭飾りを「あげる」。真のオデット・一果への凪沙の愛情が静かに解き放たれていくシーンです。
赤
「赤」は宿命、業、血の色。「赤い靴」は踊り続ける宿命を背負う物語。
冒頭、白鳥の衣装の凪沙たちは赤いシューズを履きます。そう生きるしかない宿命の靴。一果も赤いリュックを抱え込む少女です。
それでも赤は美しく強い色、女性性の象徴とも言えます。凪沙はトレンチコートの下に赤い服や靴を身に着け、赤い口紅を引き、赤く揺れる金魚を可愛がります。
ある決断がなされた後の故郷の実家シーンでは、いつもベージュのトレンチコートを着ていた凪沙が鮮やかな赤いコート姿に。
この時の凪沙は美しいのか醜いのか、強いのか痛々しいのか、あまりにも極限で苦しい。そして、さらに容赦のない壮絶な赤が見る者の心を引き裂いていきます。
それでも赤は凪沙の矜持ともいえる色、「強うならんといかんで」。ひとりで歩いていく一果の靴の色になっていくのです。
水色、そして白
白鳥の「白」、存在感の強い「赤」と比べて、控え目に、でも作品を包んでいると感じられたのが青系の色。
青は濃くなれば真夜中の色、実の母親(水川あさみさん)は派手なブルーのスーツ。そして一果と打ち解け出してからの凪沙の、淡い水色のニット。
絵画の中で聖母マリアは青い衣をまとっていることが多いといいます。
悲しみと慈しみの色…穏やかな水色こそ凪沙の本質なのかもしれません。
凪沙の水色の手編み風ニットにロングスカート姿は、本当によくいる母親のような服装です。
一果の髪を梳く凪沙の柔らかい表情は、ひそやかな慈愛と幸福に満ちています。
水色は、この世界の小さな窓ひとつひとつを見渡す空の色でもあります。
バレエは「もっと高く!」(教師役は真飛聖さん)…重力からの解放を目指す踊り。それはどこか矛盾でもあり、限界に追いつめられる世界です。
美しさの舞台裏は過酷でもある、肉体や技術はもちろん経済的に精神的に厳しい世界だという面も描かれます。
生きること自体、希望と絶望のはざま。いつだって空はあまりに高くて広い。
一果の友、りん(上野鈴華さん)は、もうひとりの一果・オディールのようにも見えました。
くすんだ空のようなグレイッシュブルーのレースの服を着て踊るりんのあまりにも軽やかな飛翔は、この映画の頂点と深淵を一気に掬っていきます。
そして空の色は母なる海の色につながります。
海に行きたいと願った凪沙。
空と海、波、紺のスクール水着、水色のグラデーションの世界、白いブラウスと赤い靴で踊る一果…ひたすら「きれい…」とつぶやく凪沙のことが忘れられません。
物語は、白へ。白鳥は悲しみの向こう、どこまでも美しい希望の白い光の中に解き放たれていきます。
POINT
- 「ミッドナイトスワン」は深く余韻の残る映画
- 草彅剛さんは凪沙にしか見えない。凪沙という人間に寄り添った衣装も秀逸
- 白、赤、水色…色彩の意味も深く考えてみたくなる映画
国民的アイドルという枷から放たれた草彅剛さんの底知れぬ物凄さ。服部樹咲さんの二度と戻れない年齢での剥き出しの存在感。ドキュメンタリーのような臨場感から容赦なく堂々と極上のエンターテインメントに仕上げた内田監督チームの度胸と手腕。
「ミッドナイトスワン」は、2020年──映画館で映画を観ることさえ奇跡となった年の、奇跡の結晶のような映画です。
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